花づくりと教育/上田市
最近、”花づくり”で教育改革に成功している、長野県上田市教育委員会の記事をよく目にします。
委員長の大塚氏は、殺人など凶悪犯罪が起きた学校を自ら何度か訪れその原因を考えたそうです。どの学校にも共通して確認できたのは、校庭の緑の荒廃や、プランターの花が全て枯れている状況だったようです。
そこで、氏は「花づくり」を通して生命の大切さを学ぶ「心の教育」を開始。結果として、旧真田市(現上田市)は過去四年間、子供の非行は発生していないそうです。
米国では、スラム街にコミュニティーガーデンを整備し、その維持管理に参加させることで、非行少年の更生などに役立てている事例が多くあります(例えば西フィラデルフィアプロジェクト)。
園芸が心の教育に効果的なのは万国共通のようです。
---以下http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2006/12/post_489.htmlから転載
犯罪が起きた学校を各三回訪れ共通点を見出した教育委員長
大塚氏は1997年5月に旧真田町の教育長に就任、以来9年間その職を務め、今年4月、同町が上田市と合併したのに伴って上田市教育委員長に就任した。60年以来の教職人生のなかで、幾度となく“荒れた学校”を鎮め、再生させてきた実績を持つ。その経験から、氏は「教育の立て直しには、三つの柱が必要」と言う。心の教育、体の成育、授業の充実、である。
標語としては、しごく普通である。しかし今、全国の学校で、当たり前のこの三つが、具体的にどれだけ実践されているかが問題なのだ。
氏はこれまで、在校生や卒業生が殺人などの凶悪犯罪を犯した学校を、一定の期間をおいて三度ずつ訪れてきた。一度では見えてこないことが、三度足を運ぶうちに見えてくるからだ。
「心を癒やす教育がなされていないことが、まず見えてきます」。こう述べて、氏は一枚の写真(97年6月時点)を取り出した。あの「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る少年(当時15歳)が在籍した神戸市の友が丘中学校である。校門から見えるプランターの花はすべて立ち枯れている。植木鉢は前年から放置されていたと見え、枯れた植物のあいだから雑草が伸びている。
「校門近くの花ですから、生徒や先生がたも毎日見ているはずです。しかし、誰も手入れをしないまま放置されてきたのでしょう」
次は佐世保市。2004年、「毎日新聞」記者だった御手洗恭二氏の愛娘・怜美さん(当時12歳)がクラスメートに殺害された市立大久保小学校だ。「事件が起きた6月は花いっぱいの季節のはずですが、校庭には一輪の花も咲いていない。潤いがない環境でした」。
もう一例。自宅に放火して母と弟妹を焼死させた高校生が通った奈良市の東大寺学園だ。こちらは、いかにも費用をかけた立派な環境だが、なぜか学校らしさがない。どこかのIT企業の工場か、保養施設のエントランスを思わせるたたずまいで、生徒たち自身が植物を育てている気配はないと、氏は感じた。
氏が花にこだわるのは、心の教育には花づくりが最も効果的だったという体験からだ。
「生命の大切さをどう教えるべきか、試行錯誤でした。小動物の飼育、野菜やコメづくり、いろいろ試みましたが、そのなかで生徒たちが最も反応したのが花壇だったのです。春花壇も秋花壇も、土づくりから始めさせます。土を深く掘り、堆肥を加え、塊をほぐして種をまく。発芽から葉の成長、つぼみが育ち開花するまで毎日、水やりをする。世話をしなければ、花はしおれる、枯れる。この過程を通して、生命とはそういうものだと心に刻んでいきます」
かけた手間、注いだ愛情に応えて花が美しく咲いてくれる。生徒たちは真っ正直に喜びを表現する。おのずと優しさを身につけていく。
「先日の日曜日、旧真田町のM小学校に足を運んだところ、生徒たちが、キクに付いたアブラムシを楊枝を使って落としていました。なぜ殺虫剤を使わないのかと尋ねると、そんなことをしたら花が傷んじゃいますと答えたのです」
こうした優しさが心に育まれると、それが級友たちに対しても及び、結果的にいじめをなくす力になっていくと氏は見ている。
---ここまで
コメント
コメントを投稿